EUの「オムニバス簡素化パッケージ」をめぐる議論が白熱し、対象要件の見直しや適用範囲の変更、さらには施行の遅延などさまざまな憶測が飛び交っています。規制の行方が不透明な今、企業はどのように対応すべきなのでしょうか? この新たな規制の波は、単なるコンプライアンス対応にとどまらず、企業の経営戦略や事業運営に根本的な変革を迫るものです。
弊社拠点のフィンランドでは、EUの5つの持続可能性規制がフィンランド企業やそのグローバル・バリューチェーンに及ぼす累積的な影響を分析した最新レポート が公開されました。レポートでは、企業の現在の対応状況や規制への混乱、特に過剰な規制や競争力の低下よりも、ガイダンスの不足や規制の不整合、不確実性が主要な課題として認識されていることが示されています。
本稿では、現在のEUの持続可能性規制の不確実性に対するフィンランド企業の動向や課題をもとに、日本企業が直面する影響や対応の方向性を探ります。オムニバス簡素化パッケージの行方が不透明な今、日本企業はどのように先を見据え、持続可能性を確保すべきかーそのヒントをお届けします。
今回の調査では、
- CSDDD(企業持続可能性デュー・ディリジェンス指令)
- EUDR(EU森林破壊防止規制)
- CBAM(炭素国境調整メカニズム)
- ESPR(持続可能な製品のためのエコデザイン規制)
- FLR(強制労働製品禁止規制)
これら5つのEU持続可能性規制が4つのセクター(繊維、農産食品、鉱業、林業)に及ぼす累積的な影響を分析しました。その結果、4つの課題が明らかになりました。
4つの課題と示唆
1. 規制に関するガイダンスの不足
フィンランドの企業は、規制の明確な基準や具体的な指針が不足していることに懸念を抱いています。例えば、「規制ごとに異なる解釈が可能であり、その結果として過剰な遵守(オーバーコンプライアンス)を強いられるケースがある」との声が上がっています。

2.企業の対応は「戦略的」ではなく「反応的」
多くの企業は、規制への対応を「戦略的な取り組み」ではなく「報告義務の履行やデータ収集」といった反応的なアプローチに留めています。その結果、組織の資源が短期的なコンプライアンス対応としての報告とデータ収集に偏り、本来の持続可能な影響や成果を確保しそれらを事業戦略に活かせていない状況が見られます。
- 1番目の課題と合わせて、単なるコンプライアンス対応だけでなく、規制の意図や長期的な方向性を見極めることが重要です。これは持続可能性を企業価値向上の機会として活用できていないことを意味し、長期的な競争力の低下につながるリスクがあります。これには非財務データの活用を進めKPIを策定し、規制対応を経営戦略の一部として組み込む必要があります。
3.高まる不確実性のリスク
フィンランドの企業は規制そのものだけではなく、政治的な不確実性に対する懸念も表明しています。例えば、EUDRに関する2024年の議論では、規制の適用範囲や要件が急速に変化し、企業の事前準備が難しくなる状況が発生しました。
- EUの規制動向に関して継続的に情報収集を行い、リスクシナリオを想定した柔軟な対応計画を策定することが求められます。特にグローバルサプライチェーンを持つ企業にとっては、サプライチェーン全体での協力なしには効果的な法規制対応が困難であることが、フィンランド企業の対応から明らかになっています。
4.重複する規制要件への対応
複数の規制間で要件が重複するケースが発生しており、企業の業務負担が増大しています。例えば、ある規制では「持続可能な生産基準の遵守」を求める一方で、別の規制では「特定の環境基準を満たす製品の流通」を義務付けており、その整合性を取ることが困難になっています。
- 規制の個別対応ではなく、サプライチェーン全体を俯瞰した包括的なコンプライアンス体制を整備することが重要です。異なる規制間の調整が必要になる場面では、例えば業界団体や現地法人や子会社を通じてEUの関係機関との対話を強化することが考えられます。
不確実性の中で柔軟な対応を
こうした状況の中で求められるのは、単なるコンプライアンス対応ではなく、不確実性を前提とした柔軟な対応体制の構築です。
具体的には、3つの視点が重要になると考えられます。
規制の理解と対応チームの構築
規制の適用や解釈に関する共通理解をグループ全体で深めて準備することが不可欠です。また規制変更に迅速に対応するため、法務、調達、環境、人権などの専門家でチームを組み、規制対応への戦略を立案・実行し経営層や取締役会へ定期的に報告し、迅速な意思決定を促します。
規制の不確実性に対応できる柔軟な戦略
長期的な規制動向を見据え、短期的なコンプライアンス対応だけでなく、中長期のリスクシナリオを想定した経営判断を行うよう、上記の対応チームの構築と合わせた体制と戦略を構築していきます。
サプライチェーン全体の整合性を確保
異なる規制間の重複や矛盾に対応するため、チェーン全体でのリスク評価を強化します。さらに先進企業はチェーン内での協力と責任の共有を促し、その影響力を活用していくことが考えられます。
規制の変更に関係なく、かつ「完璧な対応」を目指すのではなく、変化に応じて柔軟に対応できる体制づくりこそが、持続可能な企業経営に向けた鍵となるでしょう。フィンランド企業の実状は、日本企業がこの状況にどう向き合うかの一つの指針となります。
Photo by Santiago Lacarta (Unsplash)
