欧州のサステナビリティ報告基準(ESRS)に基づく報告書が続々と公開され始めています。一方で、現在オムニバス法案によるESRS改訂が提案されており、開示項目の簡素化が進む可能性があります。このような状況の中、注目すべきことはダブルマテリアリティについては引き続き要請項目となっている点です。
こうした規制方向を踏まえ、日本企業としては、簡素化される可能性のある項目に一喜一憂するのではなく、CSRD指令の根幹であるダブルマテリアリティの考え方を中心に、先行企業の開示状況を分析し対応していくことが重要です。
本稿では、CSRD指令に対応したレポートの中でもダブルマテリアリティを中心に開示状況を簡単に紹介し、日本企業が今後取り組むべき方向性をつかむヒントを紹介していきます。
なお、非EU企業向けの域外適用基準(NESRS)が策定される予定ですが、現在第一次草案をまとめた段階であり、このパブリックコメントはまだ開始されていないため、引き続き動向を追っていく必要があります。
1. Novo Nordisk
ダブルマテリアリティ評価プロセス
ノボノルディスクは2024年にESRS 1の要件に準拠したダブルマテリアリティ評価を実施しました。評価プロセスは以下の4つのステップで実施されました:
- 社内専門家からの初期評価
- 外部ステークホルダー(患者団体、投資家、主要サプライヤー)との協議
- 社内リーダーと上級管理職による調整
- 監査委員会によるレビューと承認
インパクトマテリアリティの評価では、規模、範囲、修復不可能性を定性的基準で分析し、財務マテリアリティでは企業リスク管理フレームワークに沿った方法で金銭的、評判的、倫理的影響などを評価しました。特徴的なのは、インパクトマテリアリティの閾値を財務マテリアリティよりも低く設定している点で、これは社会・環境への影響の透明性へのコミットメントを反映しています。
結果として特定されたマテリアルなインパクト、リスク、機会(IRO)は、ESRSデータポイントにマッピングされ、ビジネスモデルや意思決定ニーズとの関連性が評価されました。

構成と特徴
- 右側の表:DMAトピックを起点とし、バリューチェーン(上流、自社操業、下流)に沿った詳細表示
- バリューチェーンの可視化:各トピックがバリューチェーンのどの部分(上流、自社操業、下流)に影響するかを明示
- インパクト・財務タイプ:「ポジティブ」「ネガティブ」「リスク」「機会」と特定
- ページ参照機能:各トピックの詳細が記載されているページ番号を右端に表示
- 時間軸の表示:時間軸(短中長期)も表示
2. Metsä Group
ダブルマテリアリティ評価プロセス
メッツァグループはサステナビリティに関連するインパクト、リスクと機会を特定・評価するために、同社のリスク管理プロセスに従っています。この評価は年次で実施され、ERMと連携しています。目標は、会社の価値観・戦略の実施および長期目標達成を支援することです。
ダブルマテリアリティ評価は年次のリスク管理サイクルに統合されており、識別、評価、優先順位付け、および管理措置の定義を含みます。このプロセスはグループの経営執行チームによって承認されます。
方法論として、ESRSの各サブトピックに対する潜在的なインパクト、リスクおよび機会を特定します。これらは発生可能性と影響度(財務的・外部的)の観点から評価され、スコープ、規模、深刻度、修復不可能性に基づいて最終スコアが決定されます。時間軸は短期(1年未満)、中期(1〜5年)、長期(5〜10年)、非常に長期(10〜30年)に区分されています。
2022年に初めてダブルマテリアリティ評価を実施し、社内外のステークホルダー(従業員、顧客、投資家、専門家、サプライヤー、NGO)の見解を収集しました。インタビューとアンケートで集められたインパクト、リスクおよび機会は、ワークショップで優先順位付けされました。

構成と特徴
左のマテリアルトピック表
- 詳細な階層構造:主要トピック(E1〜E5など)に関連するサブトピックとサブサブトピックを表示
- マテリアリティスコア:各サブサブトピックに5〜12の数値スコアが割り当てられており、重要性の程度を表示
- 2030年目標設定状況:チェックマークで、どのトピックに2030年の目標が設定されているかを表示
右の評価スケール表
- 多次元評価マトリックス:右側の評価スケールでは、「発生可能性」と「影響度」を5段階で評価し、それらの組み合わせによる総合スコア(1〜25)を表示
- 時間軸の表示:「次の1年以内」から「次の10年以内」までの異なる時間枠での評価を表示
- 影響の多角的評価:「財務的影響」「評判への影響」「社会・自然・ステークホルダーへの影響」といった複数の視点から評価。
- 修復可能性の評価:「短期(1年未満)」から「非常に長期(10〜30年)」および「修復不可能」までの時間軸での修復可能性の評価を表示
3. ABN AMRO
サステナビリティはABN AMROの戦略における3つの柱の1つであり、2018年から戦略に組み込まれ、2020年からはCSRDに先駆けて目標設定を行ってきました。サステナビリティ・アクセラレーション・スタンダード(SAS)を通じて方向付けと説明責任を設定していますが、このSASは銀行全体とクライアントレベルでのパフォーマンス評価のための包括的測定手法です。
サステナビリティをSASだけでなく、気候目標や他のマテリアル事項のインパクト指標でも方向付けています。SASが量ベースの指標である一方、気候戦略指標は直接的な排出削減効果を持ちます。今後は、異なる目的に合わせた指標の必要性を認識しつつ、様々なサステナビリティ指標間の連携強化を目指します。
ダブルマテリアリティ評価プロセス
2023年にESRSに沿ったダブルマテリアリティ評価を実施し、2024年にはさらに準拠性を高めるために更新しました。毎年、ビジネス環境やポートフォリオの変化に基づいて再評価の必要性を判断し、市場慣行や新たな洞察も考慮していきます。この評価では、人々や環境への重大な影響(インパクトマテリアリティ)と当行への重大な財務的影響(財務マテリアリティ)を持つトピックを特定しました。

構成と特徴
- トピックレベル:各トピック、サブトピック、ABN AMROのラベル、定義を表示
- バリューチェーンにおけるマテリアリティ:「マテリアリティのタイプ」(インパクト、財務リスク、機会)と「バリューチェーン分類」(上流、自社事業、下流)を表示
- ポートフォリオと産業セクターとの関連付け:各トピックが「個人向けローン・住宅ローン」「企業向けローン」「顧客資産」のどのポートフォリオや産業セクターに関連しているかを表示
- 間接的な影響も開示:大部分の環境関連トピック(E1〜E5)は「下流」に分類され、銀行の融資活動による間接的な影響を表示
- Sは自社事業に分類:自社従業員(S1)や一部の消費者関連トピック(S4)は「自社事業」に分類されている
まとめ
ESRSについては、現在オムニバス法案により開示項目の簡素化が進む可能性がありますが、ダブルマテリアリティ分析評価は引き続き開示要請されます。これら3社などの先行事例を参考に、ダブルマテリアリティ評価を自社の取り組みに取り入れていくべきでしょう。特に、バリューチェーン全体での影響評価、時間軸の評価、潜在・顕在化の評価、そして社内外のステークホルダーとのエンゲージメントプロセスが重要です。
非EU企業向けの域外適用基準(NESRS)が今後整備される中、日本企業は簡素化される可能性のある項目に一喜一憂するのではなく、CSRD指令の本質であるダブルマテリアリティの考え方を中心に対応を進めていくことが求められます。
Photo by CK and CO