最新の審議状況・日程については、【随時更新ページ】をご覧ください(最終更新:2025年10月22日)。
※2025年12月3日に公開されたESRS簡素化版の概要についてはこちら
2025年2月26日、欧州委員会は「オムニバス簡素化パッケージ」の提案を発表しました。このパッケージはEUの競争力強化と経済繁栄のビジョンに基づき、CSRDやCSDDDなどを含む持続可能性報告と投資プログラムの分野で大幅な規制簡素化を図るものです。
本稿ではその改正案ポイントを解説します。
1. オムニバス法案の提案背景
欧州委員会は、ドラギレポートに基づく「競争力コンパス」に沿って、EUの競争力と経済繁栄を促進するための新たな取り組みを進めています。
企業の過度な規制負担を軽減し、成長に配慮した環境を整備することで、雇用創出、投資誘致、持続可能な経済への移行を加速させることが狙いです。委員会は規制負担を一般企業で25%以上、中小企業では35%以上削減する目標を設定しています。
2月11日に発表された作業プログラムで予告された「オムニバス」パッケージは、CSRD、CSDDD、炭素国境調整メカニズム(CBAM)、InvestEU規制の簡素化を含み、持続可能性への移行と企業競争力の強化を両立させる取り組みです。
2. CSRD主要改正案ポイント
対象企業の大幅削減
- 新基準: 従業員1,000人超かつ売上高5,000万ユーロ超(または貸借対照表2,500万ユーロ超)の企業のみ
- 効果: 対象企業数50,000社からおよそ7,000社へ削減
- 一貫性: CSDDDの基準と整合
- 第三国企業の基準:EU域内の純売上高1億5,000万ユーロ超から4億5,000万ユーロ超へ
中小企業の保護
- 任意基準の導入: 従業員1,000人以下の企業向けに簡素化された任意報告基準を採用予定
- バリューチェーン保護: 大企業が小規模パートナー企業に要求できる情報を制限
- 負担軽減効果: 過剰な持続可能性情報要求からの保護
報告内容の簡素化
- ESRS基準改訂: データポイント数の大幅削減
- 規定の明確化: 不明瞭な規定の整理と他法令との整合性改善
- セクター別基準廃止: セクター別の詳細報告基準の採用を取りやめ
要件緩和と移行期間延長
- 合理的保証の廃止: より厳格な「合理的保証」への移行を取りやめ
- 適用延期: 大規模グループ(従業員250名以上、売上5,000万ユーロ超)と中規模グループ(従業員250名以下、売上4,000万ユーロ以下)の報告義務を2年延期
3. CSDDD 主要改正案ポイント
報告要件の延期: CSDDDの実施期限を1年延期し、2028年7月までとします。同時に、ガイドラインを2026年7月に前倒しで提供することで、企業は準備期間を有効活用でき、法律相談コストも削減できます。
適用範囲:企業はバリューチェーン全体の体系的評価が不要となり、直接サプライヤー(Tier1)のみの範囲となります。直接取引先を超えた調査は、悪影響の情報がある場合のみ実施となります。 この提案は、EU法をドイツのサプライチェーン法の規定と整合させます。
評価頻度:デューデリジェンスの評価頻度を毎年から5年ごとに延長します。ただし、リスクが判明した場合は適宜見直しが必要です。ステークホルダー対応を簡素化し、問題のある取引先との関係を強制的に終了する義務も撤廃します。
民事責任の撤回:EU統一条件を削除し、労働組合やNGOによる代表訴訟に関する加盟国の義務を撤回することで、様々な国内民事責任制度に委ねます。損害が発生する第三国の適用可能な規則よりも民事責任条項が優先されるかどうかを定義することを国内法に委ねます。つまり加盟国が代わりに罰金等を設定することになります。
気候変動緩和のための移行計画:この計画の採用に関する要件をCSRDと整合させます。
金融機関の義務:適用範囲に金融機関を含めることに関する見直し条項を削除します。
このように、直接のビジネスパートナーを超えたデューデリジェンス義務の削減や、措置の有効性モニタリングの頻度を毎年の評価から5年ごとの評価に減らすことなど、バリューチェーン内の小規模ビジネスパートナーの負担を軽減します。
4. CSRDおよびCSDDDへの提案修正が企業にもたらす期待される利益は何か?
CSRDの適用範囲縮小と報告要件の簡素化は、企業に大きな経済的メリットをもたらします。具体的には:
- 年間総コスト削減額:約44億ユーロ
- うちタクソノミー報告範囲縮小による削減:8億ユーロ
- 一回限りの導入コスト節約:
- CSRD/ESRS関連:約16億ユーロ
- タクソノミー関連:9億ユーロ
CSDDDの修正案については、持続可能性デューデリジェンスの枠組みをよりシンプルで調和のとれたものにし、以下の利益をもたらします:
- 間接的ビジネスパートナーに関するデューデリジェンス義務の簡素化
- モニタリング頻度の削減(毎年から5年ごとへ)
- 小規模企業への過度な情報要求からの保護
- 推定年間コスト削減額:約3億2,000万ユーロ
5. CSRDのダブルマテリアリティの原則を変更しているか?
この提案では「ダブルマテリアリティの視点」を変更していません。つまり、適用範囲内に残る企業は、財務とインパクトについて報告する必要があります。
6. EUタクソノミ主要改正案ポイント
報告義務の緩和:従業員1,000人以下、売上高4億5,000万ユーロ以下の大企業は、タクソノミ報告が任意になります。これにより報告義務のある企業数が大幅に減少します。
部分適合の認識:完全ではなく部分的にタクソノミ要件を満たす企業も、その進捗を報告できるようになり、企業の持続可能性への取り組みをより柔軟に評価・認識する仕組みとなります。
報告の簡素化:報告テンプレートを簡素化し、データポイントを約70%削減。財務的に重要でない活動(総売上・資本支出・総資産の10%以下)の評価を免除します。
銀行向け指標の改善:銀行のグリーンアセット比率(GAR)計算方法を改善し、従業員1,000人未満の企業へのエクスポージャーを分母から除外可能にします。
DNSH「重大な害を与えない」基準の簡素化:化学物質関連の複雑な基準について、2つの代替案を提示しパブリックコンサルテーションを実施中。
7. CBAM 主要改正案ポイント
小規模輸入業者の免除:年間50トン未満のCBAM対象商品を輸入する業者(主に中小企業や個人)は完全に免除されます。この閾値は輸入業者1社あたり平均約80トンのCO2相当量に対応。これにより約90%の輸入業者が免除される一方、対象排出量の99%以上はカバーされたままとなります。
残りの対象企業への簡素化:申告者の認可プロセスや排出量計算方法、そして財務責任履行の簡素化をはじめ、報告要件の緩和に取り組みます。
効果強化の取り組み:不正行為防止条項の強化、国内当局と連携した迂回防止戦略の開発を実施します。
改正CBAM規則は2025年10月17日に官報に掲載されました(2025年10月17日)
主な変更点:
- デミニミス免除: 年間50トンの閾値(水素と電力を除く)
- 炭素価格控除: 輸入者は第三国で支払った炭素コストを控除可能
- 報告の委任: 申告者は報告のために「CBAM代理人」を任命可能
- 報告期限: 毎年9月30日まで延長
- 検証: 実際の排出量のみ検証が必要。デフォルト値は免除
- デフォルト値: 現在使用可能
- 証明書購入: 2026年の排出量については、2027年2月から開始
- 証明書比率: 四半期カバレッジが50%に削減。EU ETS無償割当が統合
- 買戻し期限: 毎年10月31日
8. ESRS主要改訂案ポイント(2025年7月31日)
※2025年12月3日に公開されたESRS簡素化版の概要についてはこちら
ESRS改訂については、欧州委員会が正式にEFRAG(欧州財務報告諮問グループ)へ改訂業務を委託。期限は2025年11月30日へ延期されています。
2025年7月31日、 EFRAGが改訂版ESRS公開草案を発表しました。
報告要件の大幅削減:
- 義務的データポイント(重要な場合に報告):57%削減
- 総開示項目(義務的+任意的):68%削減
- 基準の長さ:55%削減
- DMAの合理化
- 任意開示の削除
- 言語と構造の明確化
- 基準間の重複削減
- 過度なコスト・労力の免除を含む軽減措置の導入
9. 今後の法案成立プロセス
オムニバス簡素化パッケージは、以下のプロセスを経て成立します。
主要なステップ:
1. 欧州委員会提案(2025年2月26日)
2. 欧州理事会正式合意(2025年6月23日)
3. 欧州議会採決(2025年11月13日予定)
4. 三者協議(2025年後半〜2026年初頭予定)
5. 最終法文成立(2026年第2四半期予定)
審議状況と最新の日程については、専用ページで随時更新しています。
欧州議会での採決
- 採択には「絶対多数」が必要
- 出席議員だけでなく、全欧州議会議員(MEP)の半数以上の賛成が必須
欧州理事会での採決
- 採択には「特定多数決」が必要
- 少なくとも加盟国の55%(27か国中15か国以上)の賛成
- さらに賛成国はEU総人口の65%以上を代表していることが条件
両機関で承認されれば法案が成立し、新たな簡素化された持続可能性規制が施行されます。
今後の展望
企業としては、この簡素化の流れを単に「報告負担の軽減」と捉えるのではなく、持続可能性への取り組みを競争優位性に変える戦略的機会として活用すべきでしょう。このような規制環境の変化を単なるコンプライアンス問題ではなく、経営戦略上の重要課題として位置づけ、実務的な対応策と将来を見据えた戦略を構築することも重要でしょう。今後の最新動向については、欧州フィンランド現地から定期的なアップデートを通じてお伝えしていきます。
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