2023年2月16日にモントリオールで開催された国際サステナビリティ基準委員会(ISSB)にて、IFRSのサステナビリティ開示基準であるS1(一般要求事項)およびS2(気候関連開示)を2024年1月から適用することに合意しました。
今回の発効日の決定は、世界中の企業が包括的で一貫性があり、比較可能なサステナビリティ関連情報を開示することを求める投資家の強い要望に応えた形となりました。
また特定のISSB基準がない場合、企業が投資家の情報ニーズを満たす指標や開示を特定するために考慮すべき指針として、ISSB S1の付録で欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)を参照することを決議しました。ISSBは、2022年12月に欧州委員会、EFRAGと共同で、両者の基準の相互運用性を最大化し、主要な気候変動開示について整合性を図るという共通の目的に向かって取り組んでいることを発表しました。
さらに2023年3月1日には、日本のサステナビリティ基準委員会とISSBの会合において、日本のサステナビリティ開示基準の開発に向けたプロジェクトとして、公開草案を2023年度中(遅くとも2024年3月31日まで)に公表し、確定基準を2024年度中(遅くとも2025年3月31日まで)に公表することを発表しました。
今回の合意および決議を受けて本稿では、ESRS草案に添付されている「ESRSとIFRS/ISSBの相互運用性に関する文書」を基に、両基準を比較して概説いたします。
(ただし、両基準ともに正式採択前であり、現段階では相互運用性に影響を与える変更が排除できないことに注意が必要であることを付記いたします)
IFRS S1 と ESRS 1/2
目的・方針
両基準は、持続可能性に関するリスクと機会に焦点を当てており、経時比較可能性と接続性の概念を求めています。ただしESRSは、比較可能性について他社との比較可能性についても求めています。
マテリアリティについては、ESRSはダブルマテリティの原則をより広範なステークホルダーに適用しており、IFRSのマテリアリティはESRS1のダブルマテリティの構成要素として明示的に含まれています。
範囲(スコープ)
ESRSは、報告する事業者の範囲について、CSRDに規定されている事業者を対象としています。また、ESRSとIFRSは、報告書に含めるべき情報の定義について、共通してマテリアリティ評価に基づいています。つまり、報告書に含めるべき情報は、事業者にとって重要かつ影響力のある項目であると評価されたものが選ばれるべきとされています。
戦略
両基準は、リスクと機会に関する情報の開示を求めています。具体的には、事業者が直面するリスクと機会の種類、事業者がどのようにそれらを識別し評価したか、そしてそれらが事業者のビジネスモデルやバリューチェーンにどのような影響を与えるか、さらにはバリューチェーンのどこに集中しているかを開示するよう求めています。
また、事業者の戦略や意思決定に影響を与えるリスクと機会についても開示を求めており、過年度の計画の進捗状況やリスクと機会のトレードオフについても開示することを求めています。
報告主体
ESRSは、経営報告書の一部として提出されるため、財務諸表とは別個に開示する規定はありません。ただし、バリューチェーンに関する情報を含めることを求めています。ESRSでは、定性的特性を満たす情報を作成する場合、報告情報を拡張してバリューチェーン情報を含めることが示されています。
またESRSは、ビジネスパートナーである関連会社やジョイントベンチャーをバリューチェーンのアクターとして扱うことを明示的に要求しており、上流と下流のアクターに関する明確な定義も含まれています。
リスクと機会の特定および開示
ESRSには、マテリアリティ評価の結果に関わらず必須項目リスト(ESRS2の付録C)があり、ESRS2、ESRS E1(気候変動)、ESRS S1-1(従業員に関する方針)/S1-9(ダイバーシティ指標)の開示が必須となっています。ESRS1は企業固有の指標の質について明確なガイダンスを示しており、IFRSには現在S1しか存在しないため、企業固有の開示範囲はESRSより広範となっています。
そのためIFRSに特定の開示基準がない場合は、業界ベースのSASB基準や他の基準設定機関の意見書を参照することができます。基準に特定の要求がない場合は、IFRS S1以外の意見書を参照することが可能です。これは特にESRS1の適用初年度、およびESRSのセクター別基準が適用されるまでの間に有効です。
マテリアリティ
ESRSは、ダブルマテリアリティの観点で情報を開示することを要求しており、IFRSのマテリアリティ評価も含まれます。また両基準は報告期間後に、報告書発行前に受領した重要な情報を考慮するよう求めています。
IFRSでは、マテリアリティ以外の情報の提供は必要ありませんが、ESRSではマテリアリティの評価プロセスが重要な事項を報告するための開示の特定につながると考えられています。また、投資家の重要性をカバーするための「マッピング」の開発は、IFRSの要求事項が最終化された後に検討される予定です。
報告頻度と開示場所
まず中間報告書に関する規定は、IFRSでは中間報告書を作成することが要求されていますが、ESRSにはそのような規定はありません。
サステナビリティ・ステートメントの要求については、ESRSは、企業が経営報告書にサステナビリティ・ステートメントを記載することを要求していますが、IFRSには特にそのような要求はありません。
現地法(一般に認められた基準)に由来する情報の認識は、両基準ともにサステナビリティ報告書に現地法に由来する情報を含めることを認めています。
報告書の構成については、IFRSでは、企業は報告書の構成を自由に決定することができますが、ESRSは4つのパート(ガバナンス、戦略、管理、指標と目標)で構成されなければなりません。
IFRS S2と ESRS E1
ガバナンス
IFRS S2のガバナンスの開示は、すべてESRS 1と2をカバーしています。ESRS E1には、事業体の管理・経営・監督機関が取り組むべき持続可能な事項のリスト(ESRS 2, GOV 2, §24(c))や、持続可能なデューデリジェンスに関する声明(ESRS 2, DR GOV 4)が含まれています。
戦略
IFRS S2 の開示はESRSでカバーされています。ESRS E1 での主な追加事項は、地球温暖化を1.5℃に抑制することとの整合性への言及(移行計画)やEUタクソノミーの整合比率(Green CapExとOpEx)などです。
ESRS E1は、長期にわたり重大な気候関連リスクによる潜在的財務影響の開示を求めている一方、IFRS S2では、気候関連の総影響を開示するよう求められています。
リスクマネジメント
IFRS S2 の開示はESRSでカバーされています。ESRS2では、デューデリジェンスプロセスに関する説明が明確に記され、物理的リスクと移行リスクを特定・評価するためのより詳細な指針が提供されています。
指標と目標
戦略同様に、IFRS S2 の開示はすべて ESRS でカバーされています。 ESRS E1 での主な追加事項は、物理的リスクと移行リスクによる潜在的な財務的影響に関する詳細と事例、社内炭素価格と財務諸表や財務計画で使用する価格の整合性、GHG排出削減に関する特定の目標とこの目標に結びつけた報酬、そして特定された目標の範囲として2030年と2050年の目標値をできれば5年間隔で設定などが求められています。
このようにIFRS/ISSBとESRSの相互運用性はあるにせよ、両基準の正式な採択文書によってどのようになるかはまだわかりません。
ESRSの公開は、数ヶ月後の6月末が予定され、IFRS/ISSBは冒頭の通り、2024年1月から適用となる見込みですので、引き続き両基準の動向をウォッチし概説していきます。